40歳定年制問題について
 
―2人の科学者からのコメント―

 
2012年12月4日  佐藤 治
 

■まえがき
 
 本ホ−ムペ−ジの特集記事「40歳定年制問題を考える」 を読んだ筆者の友人2人(科学者)から、貴重なコメント がメ−ルで寄せられた。一人は宇宙科学、他の一人は素粒 子物理学・核融合理論の分野で、研究者(開発技術者)と して活躍してきた経歴の持ち主である。

 自らが関わった分野を中心に、40歳定年制問題について の考え方が率直に述べられており、参考までに以下要約し て紹介、参考に供したい。

■山中龍夫氏のコメント
  (宇宙システ研究技術者、工学博士、宇宙開発委員会
   宇宙環境利用部会長、横浜国立大学教授等を歴任)
 
 1、報告書は日本人の活力・創造性を過小評価しており、
  悲観的過ぎるのではないか。

 2、宇宙開発研究に携わってきた経験から言えば、20代
から30代  にかけてはさまざまなタスクに関与し、知 見を広め、磨き、未知への挑戦に明け暮れたと言って も過言ではない。
異動・他部門交流・留学・他の研究機関での執務等を 通じて自らを成長させ、生涯の研究テ−マを模索決定 し、30代から40代にかけて研究に専念し、花を開か せるというのが一般的なパタ−ンであった。他の研究 分野でも粗方似たようなものであろう。

謂わば20代から40代は非常に重要な時期であり、一 般論としてこの時期に40歳定年制を導入してドタバ タするのは賛成できない。 この時期を過ぎれば、収穫期・後輩の指導育成期に入 り、さらには他部門・他機関への転出、新天地開拓と 続くのが理想的であろう。

 3、民間の研究開発部門においても、多少の違いはあっ
ても大凡似たようなものではないか。
また、現場の生産部門においても「匠の技」、「生産管 理術」の習得・継承・改善・発展について、一種の知 的財産として組織人事面で相応の保護・工夫が施されて





いるのではないか。機械的な40歳定年制導入はこ の仕組みを壊す可能性がある。

 4、要は、少なくとも研究開発分野においては、欧
米流の、 他流試合、生涯研究テ−マの模索・選定の行程は大な り小なり組織内にビルトインされ、転職・転社の機会 も保障されていること、しかもこれらが40年よりも 短いサイクルで随時弾力的に行われていること等を考 慮すると、特に40歳定年制を機械的・画一的に導入 するメリットは乏しいと考える。

 5、問題は一般事務部門における新制度導入の必要性
とソ フトランデイングであろう。一般的に言えば、日本固 有の事情もあり、欧米等に比較して生産性、効率性等 については問題なしとは言えないであろう。この問題 は門外漢なので深く立ち入ることは避け、HPに先行 記載されたいくつかのコメントが正鵠を射ており、真 剣に議論が進められることを期待したい。

 6、これまでの研究生活を振り返り、日本人の資質
は優れ ており、活力についても悲観視する必要は全くないと 思う。
今後各分野で活躍するであろう現在の小学・中学・高 校・大学生たちは何に向かっているのか、少なくとも 未来に向けて我々世代よりも学ぶ環境ははるかによく なっており、大きくテイク・オフする可能性を信じた い。

■川上一郎氏のコメント
  (理論物理学者−素粒子物理学、核融合理論
   理学博士、日本大学教授等を歴任)
 
 1、報告書を読み、皆さんのコメントを拝見して、いろ いろ
考えさせられました。各種調査結果によれば、 近年、日本の国際競争力は目に見えて下がっており 、憂慮に堪えません。さまざまな要因が挙げられま すが、日本的な雇用制度が大きな桎梏になっている ことは否めないと思います。その意味で今回の問題 提起が大きなインパクトを与え、論議を巻き起こす ことを期待しています。
以下感じたままをお知らせします。

 2、研究分野に限って言えば、40歳定年制(20年きざみ
定年制)とは、任期制のことだと思います。

物理学分野では、研究所で任期制が採られていると ころが今も多数あります。海外の著名な研究機関の 多くは任期制を採っています。





わが国では、例えば京都大学基礎物理学研究所や東 京大学原子核研究所では、助手は2年、准教授は5年、 教授は10年です。大学の物理学科でも任期制 を採っているところがあります。既設学科との調整 が課題のようです。

最先端の科学研究においては、フレッシュな感覚の 若い頭脳が必要不可欠で、国内外における他流試合 で切磋琢磨するのは当り前のことです。そうでなけ れば、日進月歩の世界レベルにおける激しい競争に 打ち克つことはできません。日本の自然科学レベル がいくつかの分野において世界最先端にあるのは、 このようなバックグランドがあるからだと思います。

 3、 任期制あるいは一定年数きざみの定年制を官僚組織や
一般企業に導入する必要性は理解できるものの、 本HPにおいて多くの皆さんから指摘があるように 壁は厚く、簡単にはいきません。
誘導する具体策はよく分りませんが、事前に仕組み を整備し、移行準備期間が必要と思います。大事な のは、国家全体として企業の国際競争力を維持・向 上させながら国力と国民の安心・幸福度を引き上げ ることだと思います。政治の責任が問われる所以で す。

 4、 私は以前学術調査のためスウェ−デンを訪れた際に
・安心確保と活力向上を両立させ、
・高福祉・高負担・高い競争力を実現している
所謂「スウェ−デン・モデル」の存在を知り、しか もスウェ−デン国民が異口同音に「この制度は素晴 らしい」と言っていることに深く感銘しました。

このモデルについては、日本政府や民間のシンクタ ンクも高い関心を示し、現地調査や応用の可能性等 について検討中と聞いています。

最近、日本総合研究所の湯元健治理事が日本経済新 聞紙上で、その詳細について解説されていますので ご一読ください。その要点を列記しますと
・スウェ−デンは高負担  (国民負担率70%)、
 高福祉ながら競争力も高い(世界経済フォ−ラム
                    4位、日本は8位)
・労働市場は柔軟で政府が転職を積極支援
・受益と負担、国民の選択に委ねる仕組み
・衰退産業・企業を救済せず、構造改革を推進
・政治主導の税財政改革で強い財政を実現
・社会保障は現役世代に手厚く雇用も重視






ここから得られる教訓は、「企業の国際競争力を徹底 的に追求する構造改革の不断の推進と人材確保の 環境・制度をしっかりと構築することの重要性」と いうことでしょうか。
政府も単なる問題提起に終わらず、明確なグランド ・デッサンを描いてほしいと願うばかりです。

■あとがき  
  ・ 2人のコメントには傾聴すべき有益な論点が多く含
まれており、感謝したい。山中氏の日本人の資質に 自信を持てというアッピ−ルには勇気づけられる。

  ・ 自然科学分野、就中研究開発分野では、国際競争の
観点からすでに自然淘汰の原則が定着していること 問題は残りの分野特に一般事務部門における硬直 した組織・制度の見直し−世界標準化にあることが ハッキリした。

  ・ 報告書が、企業活力の向上と高齢化社会における雇
用問題について、一石を投じたことは高く評価した い。ただし、提言の文言には一工夫の余地がある。
 「75歳まで働くための40歳定年制導入」 から
 「国際競争力を維持、高福祉・高負担を実現し
  皆が75歳まで働くための雇用形態の導入」と
衣更した方がベタ−ではないか。

日本的な良さを残しながら、グロ−バル化時代に 合った新制度の構想・設計とソフトランデイングを民 主的に進めることが今後の最重要課題である。 当然、多くの困難が予想される。
政治のリ−ダ−シップ、各界の叡智の結集、国民の 決断が求められる。
慎重に時間をかけながら国民的な議論を興し、合意 を取り付けることができるか、日本人の資質・判断 力が問われている。

  ・ その場合、経済規模の違い(10:1)はあるもの
の、川上一郎氏提言の「スウェ−デン・モデル」を 参酌しつつ、
 〇徹底した構造改革の推進と
 〇社会保障の充実(生活保障、教育・職業訓練、
             自己研鑽・能力向上プラン等)を
担保し、実現していく設計図−アクション・プラン を作成し、議論の叩き台にすることを提案したい。

ついては、貴重な一石を投じられた柳川範之教授の 見解を伺いたいものである。             以上






                                望洋会TOPページへ