名大望洋会への寄稿「69年前を語り伝えよう」

  69年前の事実を繰り返し語り伝えよう

―――小志を抱く―――

2014年7月26日
 水谷研治 (名古屋大学 客員教授 経済学博士)

1 「大志を抱く」ための条件
 志を高く掲げ、大きな目標に向かって邁進することは好ましい。
 分かっていても、現実には、そのような状況とは程遠い場合が多い。目先の些細なことに振り回されて、そのような大所高所からの見方からは、ほど遠いのが普通ではなかろうか。
 「大志を抱く」ためには、それ相応の条件が必要である。目先に深刻な問題がなく、将来に対して大きな希望が見出せない場合である。両親のもとでぬくぬくと育てられている少年達がその典型である。
 人々の状況は異なる。恵まれている人ばかりではない。今、甚大な問題を抱えている人もいる。その人にとっては、その問題をまず処理しなければならない。
 健康問題はその一つである。当人にとっては、自分の今の苦痛を除くことが最大の課題であり、それ以外を考える余地はない。
 しかし、少しでも余裕があれば、その先を考える必要がある。本来ならば、長期的な観点で国家全体の発展の礎を築くために尽力したいところである。
 それができない場合には、せめて身近なところで少しでも周りに良い影響を及ぼすことを願って尽くしたいものである。
 小さなことで構わない。少しでも周りの役に立つことを志すことは誰にでもできることである。
 中でも我々の貴重な体験について語り、書き残すことはその一つである。変に偏った見方をするのではなく、事実をありのままに記述することこそ将来に対する大きな貢献になると考えられるからである。

2 69年前を考える
 悲劇のどん底に沈んでいたのは69年前である。敗戦によってどのような状況になっていたかは、今や知る人が少なくなりつつある。語り伝える場面もないままに、忘れ去られることになりそうである。
 内地に居た我々ですら生きていくのが精一杯であった。中国など諸外国から命からがら引き揚げてきた人々の苦労は想像を絶するものであった。
 今日がまともに暮らせなければ、明日以後のことを考えても仕方がない。来年以降のことを計画しても意味がない。そのため目先重視にならざるを得ない。
 すべての人々が必死になって、目先の問題に取り組んでいた。最大の問題であった食糧事情が悪化したのは敗戦後である。苛烈な戦争遂行のために食糧生産が低下する一方で、海外からの引揚者もあり、食糧の不足は深刻な事態となっていった。すべての人々が自分で野菜等を作って飢えを凌いだのである。
 国民は敗戦によって、それまでの戦争遂行という大目標を失い、将来に対する目的を無くしてしまった。その精神的な喪失感は大きかった。ともすれば、投げやりになりがちである。そこからは、将来に対する希望も夢も出てこない。
 そのようなどん底からの再生であった。いきなり大きな目標を定めたわけではない。現実的な目標に向かって一歩一歩進んでいったはずである。
 国民がまともに食べられるようになるまでにかなりの期間がかかった。その後で、少しずつ目標を高めていった。
 これらのことは、すでに語り尽くし、書き尽くしたと思われる人も多い。しかし、それらのものがすべての人の耳や目に入ったとは言えない。何度でも繰り返し発信することで、より多くの人々に知らせることは重要である。
 このようなことをかつて出版社の編集長に言われたことがある。全く同感する今日である。


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