敗 戦 か ら 7 0 年


2014年10月8日  柳川 節



 早いものであの敗戦からもう70年が過ぎようとしている。
 敗戦によって我が家も大きく揺さぶられることとなった。生粋の職業軍人だった父は即失職、もちろん退職金も年金もない。少しばかりの蓄えは急激なインフレによってたちまち底をついた。
 これはあの時代すべての国民が味わった苦しみだっただろう。とにかく日々の糧を稼ぐために始めたのが、鶏を飼うことであった。 鶏の餌を集めるのは12,3歳の私の担当で、精米所から米糠を、かまぼこ屋を回っては魚のあらを買い集めたが、これが容易ではなかった。反面、卵は驚くほどの高い値が付いた。新卒の初任給が3千円ぐらいの時に卵1個が10円で売れたのである。 病人への見舞等に使われる贅沢品であったようだ。さらに鶏糞は農家との物々交換で大きな力を発揮した。 こうした養鶏業とは云えない様な我が家の生業も、やがて世の中が落ち着き、物が出回るようになると妙味が薄れ、いつしか廃業に至った。

 中学は旧制熱田中学(五中)。 この時代の思い出は電車と徒歩の通学である。 当時住んでいた名鉄常滑線の長浦から、木製の古びた車両の電車で神宮前まで約40分、神宮前から北原町?の五中まで歩いて約2キロ、私の足で優に30分は掛った。これを毎日往復したが、これが成長期の体の大きな鍛錬になったと思う。当時神宮前から五中までの道のりに、人家は数えるほどしかなくほとんどが焼け跡であった。

 敗戦で多くの国民が塗炭の苦しみを味わったわけであるが、戦前、戦中、戦後を通し、苦しむのはいつも、なんの責任もない国民であり、政府は国民を踏み台にしてきたのではないかと思う。
 戦前、戦中の政府による報道が如何に出鱈目であったかは今さら云うまでもない。
 しかし残念ながら戦後もこれが続いており、最近その傾向がますます強くなっているのではないだろうか。

 1954年第5福竜丸が被爆し久保山さんが犠牲になった。この時日本政府は福竜丸以外に被爆した漁船を調べた。放射能危険区域で実験中の2ヶ月の間に操業していた漁船98隻のうち、28隻は危険な放射能を浴びており、当然ながら乗組員は放射能の被害を受けていた。ある船に乗っていた平均年齢25歳の乗組員二十人のうち、六十年後の今も生存しているのはわずか三名、残りは癌や心臓病で早死している。
 当時の政府は水爆実験を知りながら危険区域への立ち入り禁止の措置を採らず、死の灰を浴びるに任せた。 驚くべきことに、政府はこのことを全く公表せず、被爆した乗組員本人にも知らせなかった。その為放射能の被害を受けながら知らされることなく、適切な治療を受けられず死を迎えたのである。 更に驚いたことに政府は、帰国した漁船を1隻ずつ調べ船体、積荷、人体への放射能の影響を極秘裏に調べていたのであるが、この調査結果を国民には勿論、乗組員本人にすら知らせず、あろうことか水爆実験を行った加害者であるアメリカ本国にのみ報告していたことである。
 ここには日本の国民を守るという意識はなく、ただ本国政府の鼻息を伺う植民地政府の意識しかない。その上政府はこの調査報告書の存在すら否定し続けていたのだ。 この報告書が見つかったのはアメリカの国立公文書館からである。

 当時のアメリカはソ連との水爆競争に血道を上げており核実験に反対する動きには徹底して押さえつけた。
 当時の政府は第五福竜丸被爆の翌年に、早くも200万ドルの金をもらって手打ちにしており、その後はこの事件はなかったことにされ闇に葬られた。
 しかし国内では第5福竜丸の被爆をきっかけに反核のデモが盛んになった。そこでアメリカは、外国の反核世論を抑え込み,核アレルギーを緩和させることを目的とする情報機関であるOCBと云う組織を立ち上げた。日本がまさにこの主要なターゲットとされたのである。1955年から57年に原子力平和利用博覧会が開かれ、さらに原子力発電への誤った認識が植えつけられていった。アメリカの狙いは見事に成功し、日本政府や日本人はほいほいと乗せられ、政治家や産業界は挙げて原発にのめり込んでゆき原子力村まで誕生したのだ。 
 そして60年経った今、その付けを回され右往左往している。事故や天災が起きなかったとしても、核のゴミだけで、もう行詰まることははっきりしている。

 政府が情報を独占し戦時中の大本営発表のように恣意的に操作する危険性は特定秘密保護法によって今後ますます大きくなると思われる。 秘密保護法では秘密の指定や解除は政府の意のままとなり、永久に闇に葬ることも可能になる。情報公開の時期は一応決められてはいるようだが、政府の判断で何年でも延長し永久に出さないことも出来ると聞いている。
 1954年の水爆の調査の時のように、ある資料を無いと言っても罰則はない。おまけに最高裁までが、資料を見たければ原告が資料のありかを立証せよといっている。 政府に都合の悪い情報は無いものとして公表されず、永久に国民の目から消えてしまう。 この水爆実験の報告書の事実は今年8月のNHKの報道で明らかになったが、これも保護法が施行されれば永久に闇に葬られるのであろう。

 戦争を体験した世代として、若い世代に伝えたいことは、彼らが自分でよく調べ、よく考えた上で行動してほしいと云うことである。 政府の云うことだから、新聞やテレビの云うことだから信じるのではなく、まず疑ってかかり、裏に何かの意図が無いかを考えて自分の判断で、自分の行動をきめてほしい。

  嘗て皇国の為とか、五族協和、聖戦などの宣伝を信じた、多くの先輩学徒兵、兵士達が見捨てられ、ジャングルの中で飢えと病により無駄死にしていった歴史を忘れてはならない。

 これを書いている時、イスラム国に参加しようとした若者、現に参加していた日本人のニュースがあった。驚いたことに彼らには政治的な信条も、イスラム教の知識もなく、ただ戦闘がしたかったといっている。 自分で調べ考えた上で行動しないこんな若者が増えれば、ヒットラーユーゲントのような組織が出来てくるだろう。 ナチスの手法をまねたらどうかという人がいたり、“朝鮮人をぶっ殺せ”と叫ぶような団体に現職の大臣が加担していたり、法の番人であるべき法務大臣が選挙法に触れるようなことをしたりと、こういう政府であれば、国民一人ひとりがよほどしっかりして自分を守らなければ、誰も守ってくれないばかりか利用されて捨てられることとになろう。

 残念ながら昨今の風潮は、どんどん暗い方に滑り落ちてゆくような気がするのは私だけだろうか。



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